NHKのファミリーヒストリーで、
”ケンドーコバヤシ~祖父の形見のスプーン ウズベキスタン”
という番組が放送されていまして、
お笑い芸人のケンドーコバヤシさんの母方の祖父だった方は、
岡山の小学校の校長先生まで努めた人だったそうです。
祖父の形見のスプーンというのがあったそうで、
気になっていたそうです。
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日中戦争で出征されたそうなのですが、
終戦の年にまた招集されてしまい、
満州の鉄道警備にあたっていて、
戦いをすることなく、終戦を迎えたそうなのですが、
ソ連軍に捕虜にされてしまい、強制労働施設に入れられて、
働かされていたそうです。
寒い中、たくさんの方が亡くなったそうです・・・
民間人の方も襲われたりして命からがら着の身着のままで、
たくさんの方が引き上げられたそうです。
”祖父の形見のスプーン”は少ない食料のなか、
スープをすくうための命をつないだ大切なものだったそうです。
自分で作って、いつもすぐに取り出せるようにしていたそうです。
ケンドーコバヤシさんの祖父だった方も上陸した舞鶴の、
舞鶴引上記念館に行ってきました。
舞鶴は最後まで引揚港だったそうで、
岸壁の母のモデルにもなりました。
ソ連(現在のロシア)などとは国交の回復などが遅れたため、
帰ってくるのも遅れたのだそうです。
ユネスコ世界遺産にもなっています。
こういうことがあったんだと、一度は訪れてみたいですね・・・